| お便り 1.高田平二さんからお便り第7号が届きました。 2.関口尚さん、坪田譲治賞受賞おめでとうございます。 1.高田平二さんからの便り(第7号) 「水交会」とトンビ 東京駅名物の一つは何十年も前から終わりを知らぬ工事。10月24日も北口改札に名物、ウロウロ迂回、丸の内側に渡る。秋晴れ土曜の10時、歩道に人多く、“オアゾ”内のしゃれた店や丸善本店がお目当てか。そう感じながらオアゾを通って大手町。地先には平将門の由来地があると聞く。将門と地縁ありという赤城宗徳(旧制水戸高出身・元農林大臣)の著作「平将門」がふと頭に浮かんだものの足はひたすらサンケイプラザを目指す。やがてどことなく水戸っぽムードが漂う。 ここまでは文理・人文学部卒在京同窓会「水交会」のプロローグ。本番は水交会会場。今回も先輩諸賢のご健在ぶりに有難い刺激。後輩各位によるダイナミックな会場運営にも思わず頭がさがる。壇上ハイライトは関口尚氏の講演。話し方も内容も爽やか。鏡割りのイッパイを頂いたあと、頃合をみて「プリズムの夏」にサインをおねだりすると快く応じてくださる。これもフレッシュで忘れ難いプラスアルファ。実は、関口氏のプロフィルに初めて接したのは今年6月、同窓会本部ホームページのニュース“関口尚さん、坪田譲治賞受賞おめでとうございます。”HPがたまたま併載下さった拙文(お便り6号)が関口氏受賞ニュースの前座役になったとすれば望外の名誉ですが、拙文にウンザリして中断された方々には何とも申し訳ない気持ちです。 ともあれ、受賞ニュースに刺激されて図書館。関口作品はどれも人物描写がフレッシュ、ユーモアも好ましい。作家の講演を生で拝聴したのは関口氏で2回目。最初は3年前、リービ秀雄、その印象は同窓会会報23号の「やっぱり青春・私の茨大」欄で拙文の一部にさせていただきました。関口氏はリービ秀雄より20歳も若いのに水交会壇上でのお話には心をひきつける芯がある。書店で関口作品を拝見するたびに益々のご活躍を祈る気持ちが自然に湧く。これも水交会のプラスアルファ。 さて、トンビ(トビ・鳶)は猛禽、場所によってはよく見かける野鳥ですが個人的体験としては水戸と関わるのであります。昔々、そのまた昔、水戸市内で寺田寅彦随筆集を買ったものの大半はツンドク。急に思い出したのは数年前、古希ビギナーの頃、メジナ釣り場でトンビにヒルメシを攫われた後日。寅彦エッセーには鳶も登場するような気がし、探したら岩波文庫分冊版が出てきた。だが、肝心の鳶は見つからない。目次を逐一追うとありました、第四巻の終章に「鳶に油揚」。 脱線しますが、茨大に入学した昭和28年(1953)当時、教室の大半は旧水戸連隊の木造兵舎。軍靴に擦り減らされた厚板階段が今も目に浮かぶ。水高名物教授と言われたヌマゲン(自然科学史)、ナイチン(数学)、渾名は忘れた島田雄二郎先生(西洋史)などのご尊顔が目に浮かぶ。キャンパス裏門寄りの新しい木造平屋も心象風景に残る。この長屋には学食だけでなく本屋とか雑貨店などもありました。寅彦エッセー第四巻末尾に“川又書店で求む”とメモあるもキャンパス出店なのか市内本店かは思い出せない。 何はともあれ、確かなのはトンビに狙われる血筋。3年前、男孫も鎌倉由比ガ浜で食べていたリンゴを攫われた。先週、彼のジジがまたもやヒルメシを持ち逃げされた。これで血統内累計3回。ジジの再被害は山中台地。鎌倉天園に至る尾根路の途中、横浜自然観察センター前の青天井テーブルでDパックから昼飯を出した直後、誰かが“来た、危ない!”と叫ぶ。念のため見回すと緑茶ボトル・缶詰・軍手などはあるが、食パン2枚とリンゴ4切れが見えない。テーブル下にもない。 鳶がエサを攫う瞬間動作を想像してみると、ジジの初回は海釣り場、孫も由比ガ浜海岸ゆえ地形的にはトンビに有利。上空ホバリング、地上にエサ感知、急降下、ナイスキャッチ、サンキュウ、湾上ロンググッドバイ。この場面は天空から見ればI型直進、横から見たらLに近い。 ところが、先週の鳶はIやLと次元が異なるハイテック・アクロバット。テーブル正面と右手には枝を伸ばした木が立つ。ナイスキャッチとシンクロさせて直角的に左折。そのせいかサンキュウは聞こえなかった。だが、左折後は浮力急減、ハラペコで急加速は無理、そう判断したトンビ君は路上すれすれに飛び去った。途中でビニール袋を一つだけ落とした。行って見ると中はリンゴ。重すぎ、好物でもない、それとも偶発的二者択一か。寅彦先生ならどう考える?とにかく小さな缶詰と共に腹に収め、鳶が飛び去った路上を進む。すると、またもやハプニング。 前方に大きな動物。単眼鏡の焦点を合わせるとアナグマなどではなく、先ほどの神業トンビ君らしい。そっとセンターに戻ってレンジャーに急報、再度アプローチ。鳶は1メートル手前まで近寄っても逃げる様子はなく、一心に何かを啄ばんでいる。エサを横取りされぬよう翼で覆っているせいか姿全体が大きく見える。四つ切れ食パンは銀紙(アルミホイル)で包みビニール袋に入れてあった。よほどハラペコだったのか、残っていたのはパンの耳一切れと散らばった銀紙数片(ビニール袋は風に飛ばされたらしい)。その場面をレンジャー氏がデジカメで撮ってくれた。 今週ウォーキングの際にプリントを頂戴した。落ち葉も写っている。そのうち黄葉の長径約5センチ。トンビは落ち葉の12倍ゆえ60cm、カラー図鑑「東京の野鳥・トビ」記載の全長と一致。 ![]() (写真提供:横浜自然観察の森 横浜自然観察センター) 寅彦の「鳶に油揚」は昭和9年(1934)工業大学蔵前新聞(現在の東工大)に初載。早業能力を視覚・嗅覚・上昇気流などを要素として客観的に考察しているわけですが、末尾は「凡てが神秘の霧に包まれてしまうような気がする、鳥類学者の教えを乞いたい。」もし寅彦が横浜自然観察センターに居合わせたら神秘の霧は晴れたのだろうか。 更に脱線しますと、ご存じの通り、徳川光圀公が鎌倉を巡覧されたのは1674年、47歳の頃。後日、「鎌倉日記」を纏めさせ、更に詳細ヴァージョン「新編鎌倉志」もあります。両書には野島村も登場します。光圀公鎌倉ご巡覧の上陸地・金沢八景の手前、平潟湾に囲まれた小島です。中央部は木の繁る丘でトンビが多い。 実は、最初にサンドイッチを攫われたメジナ釣り場は野島より1kmほど東京湾寄り、シーパラダイス・八景島の対岸。他方、先週パンとリンゴを攫われた横浜自然観察センターは鎌倉の馬蹄型裏山の中央部「天園」まで歩いて30分ほど手前の深山内台地。 今週も尾根歩きの際にこのセンターに立ち寄りました。トンビをデジカメで撮ってくれた若いレンジャー氏曰く“あの日はトンビが超低空で飛びながらハイカーのランチを狙っていました。前日は雨で餌にありつけず、若鳥なら更にハラペコだったはず。ケガせず何よりでした。センターの顔馴染み紳士は“トンビに餌づけしていたようですね”と冷やかしながら、“雑食猛禽は爪・嘴に雑菌、ご用心!” (2009.12.21記) 2.関口尚さん、坪田譲治賞受賞おめでとうございます。 茨城大学大学院人文科学科言語文化専攻を平成11年に修了された関口尚さんがこの度『空をつかむまで』により坪田譲治賞を受賞いたしました。おめでとうございます。 坪田譲治賞は岡山市出身で、児童文学に新しい分野を拓き、多数の後進を育てた坪田譲治(1890-1982)のすぐれた業績を称えると共に、市民の創作活動を奨励し、市民文化の向上に資することを目的として、昭和59年12月に制定されたものです。 関口さんは栃木県出身で、1972年生まれ。茨城大学大学院人文科学研究科修士課程第7回修了の後、映画館でのアルバイトなどを経て、2001年、『プリズムの夏』で小説すばる新人賞受賞(2002年同社刊)。その後『あなたの石』(2004年),『空をつかむまで』(20006年)をそれぞれ集英社から出版、中学生から大学生を主人公とする青春群像を描いています。 選考経過や作品については「岡山市文学賞」のサイトをご覧下さい。 (KS) |
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